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【 Bill Stroud Part.2 】

掲載日 2020-04-23

バックストーリー of ボーイズ

■ JossWestとGinacue

世界中にカスタムキュー好きはごまんといる。
その中でもGinacue Fanはいちまんかにまんほどはいると思うのだが、JossWestがGinacueの先生だ、と知る人はなかなかいない。昔からのキュー好きの年伝説かな?

1986〜87年頃のことだったと思うが、GinacueのErnieは現在の工房に以前使っていた機械を設置し、15年ほど休んでいたキュー作りを再開する準備を始めていた。
15年近くも動かしていない機械に油を差し、刃物を揃え、少しずつ調整しながら再開に向けて動いていた訳である。
そんな時にBill StroudはGinacueを訪れてコンピューターの必要性を説いた。CNCになじみのなかったErnieにとっては全てがまるで理解できなかったそうである。

当時はJossWestの工房をコロラドに移したばかりで、Ernieは奥さんとコロラドに行った時にJossWestとGinacueとの機械設備の差に大変なショックを受けたと後に私に語っている。

それからお互いに何度か行き来して交流を持った訳であるが、Ernieは自分の理解できないことをBillに聞いたりしたのだろう。
BillはBillでその中で得た良いアイデアを先に具現化する、最初はそんな仲だったはずである。
片方(Bill)が先生で片方(Ernie)が学ぶ、というのが続けば良かったが、この弟子はまず半端なかった。
プログラムもポケットもx・y・zも全然理解できなかったのに、あっという間に先生を抜いてしまった訳である。(Ernie曰く数年後)




そして1992年、Kansas-cityでのBCA EXPOで事件が起きた。


今では世界の誰もが作っているデザインをErnieが初めて作っていたのだが、ヒョイとGinaのShopに来たBillが製作途中のそれを盗用して2・3か月後には販売してしまったのである。
その半年後にようやく完成してお披露目をしたErnieの作品を見た人は「アレはJossWestと同じだ。」と言ったわけだ。
こともあろうに盗用したBillはErnieのことを「彼は自分のものをコピーしている、自分がイロハから全部教えてやったんだ。」と皆に言いふらしたのである。

1992年のエクスポに向けて4年間準備していたErnieはこれにカンカンに怒り、もうここからが犬猿の仲の始まり……これがKansas-cityでのあらましである。
もうそれからは私の目から見ても子供同士の喧嘩のよう。オレが先だ、イヤ、オレが先だ…etc.


エボニーフロントのキューにメープルコアをしたのは世界で最初にできたのは自分だ(Bill)と言うと、Ernieは自分の方がずっと早くて彼がキュー作りを始める前からコアしている、と言い出す始末。ErnieはShopに修理に入った古いキューをお客に言わずにコアしたりして、もうキチガイのようであった。

BillはBillで世界で最初に8剣を作ったのは自分で、世界中が自分のデザインをコピーしていると皆の前で言いふらす。アレも自分、コレも自分……すべて自分の手柄のように皆を言い負かす。
聞いている方は陰で「おそらくビリヤードゲームもBillyが始めた。この地球もBillyが創ったのさ。」としらける場面に何度も出会った。


8剣の件ではBillyが始めたのが1972年頃から。それ以前はJossでDanと一緒だ。
Ernieは1964年頃にはすでに8剣を作っている。写真に残っている。

これは明らかにGinacueの勝ちだ。



私は両雄とずっとお付き合いしていた。
二人とも尊敬しているし、どちらも大変に素晴らしいキューメーカーであり成功者である。
そして話をするとどちらも面白くて茶目っ気がある、そっくりだ。(二人は認めないけどね)


私が自分なりに公平に見てみると、今のGinacueはJoss Westがなければまずありえなかったと思う。Ernieの生来の負けず嫌いの性格に先駆者のBillyがいたから火が付いたのだ。
そしてBillyはErnieの独創性には本当に驚かされたのだろう。
少しずつ進路を変えるきっかけになったのはErnieの存在があったからだと思う。
どちらが龍でどちらが虎かは別として、Ginacueと比較されるべきメーカーは私の中ではJoss Westだけである。
間違ってもTadやMc WorterやTonkinではない。


負けず嫌いでとにかく最初は先生だったがすぐに目の敵になった、負けてたまるか!!そんな時代が今から25年前にはあったのだ。



傍から見ると仲違いしたように見える二人だったが、私の前では二人ともいつも紳士だったし、ErnieはBillyが主催するイベントにも積極的に参加していた。

Billyは5年ほど前からガンになり闘病していたようで、3年前に脳腫瘍になり、余命1か月とまで言われたそうだ。だが不屈の闘志で乗り越えて頑張っていた。しかしついに……である。




Billy、ご苦労様でした。


私はあなたの製作した1988〜1992年のJWキューの打感は特に最高のキュー達だと思います。今もとても大切にしています。
そして自分が作るキューにもそのアイデアを活かしています。

心から感謝しています。ありがとう。




by Lucky.